【ベトナム】失われた一柱寺をVRで再現|1105年の姿を10年かけて復元したプロジェクト

建築の3DCGやVRは、これから建つものを見せるための道具だと思われがちです。しかし実際には、もう失われてしまったものを見せるという使われ方も広がっています。

ベトナムを代表する仏教寺院「一柱寺(One Pillar Pagoda)」が、VR技術によって創建当時に近い姿で再現されました。現在建っている姿からは想像しにくい、華やかな建築がそこにありました。

映像: Vietnam News Agency (VNA)

一柱寺とはどんな建築か

一柱寺 (One Pillar Pagoda)

ベトナムでもっとも有名な仏教寺院の一つで、首都ハノイ中心部のバディン地区(タンロン城の近く)にあります。「延祐寺(Dien Huu)」と呼ばれる複合寺院の中に建てられました。池の中に立てた一本の柱の上に仏堂が載るという特殊な構造で、池に咲く蓮の花に見立てたものと伝えられています。

  • 1049年: 李朝の太宗により創建
  • 1105年: 李仁宗の時代に大規模に整備され、池と回廊を備えた姿になる
  • 1954年: インドシナ戦争後、ハノイを去るフランス軍により延祐寺が爆破される
  • 1955年: ベトナム人建築家の手で再建。現在の一本柱はコンクリート製とされています

つまり今そこに建っているのは1955年に再建されたもので、創建当時の建築ではありません。再建にあたって参照できたのは、フランス統治期に撮影された古写真などに限られていました。「現在の姿からは当時が想像できない」というのは、比喩ではなく実際にそうなのです。

VRで再現されたのは「1105年の延祐寺」

このVRプロジェクトで復元の対象となったのは、1105年に整備された時点の延祐寺と一柱の構造です。制作したのは「Sen Heritage」という研究者・建築家・3Dデザイナーらのチームで、約10年をかけて資料を収集し、3Dモデリングとして組み上げたものだと報じられています。柱の上に載る六角形の蓮華の堂といった細部まで、根拠を積み上げて復元されました。

成果はハノイのベトナム国立美術館(Vietnam Museum of Fine Arts)での展示として公開され、フランス統治期の古写真、1954年に倒壊した姿の記録、1955年の再建時の写真とあわせて紹介されました。

こうした復元CGが難しい理由

現存しない建築の復元は、「それらしく美しく作る」だけなら簡単です。難しいのはどこまでが根拠のある形で、どこからが推定なのかを切り分けること。古写真・発掘遺構・文献・同時代の類例を突き合わせ、分からない部分は分からないと示す姿勢がなければ、単なる想像図になってしまいます。10年という期間は、その積み上げに要した時間だと考えると腑に落ちます。

「根拠のある形」と「推定」をどう切り分けるか

この切り分けは、抽象的な心構えの話ではありません。実際の作業として存在します。復元はモデリングから始まりません。最初にやるのは、手元にある情報を確度で仕分ける作業です。

■ 情報を3段階に分ける

  • 確定:遺構や実測図から寸法が取れる部分。基礎の位置や柱の間隔など、数字で押さえられるところです。
  • 類推:その建物自体の記録はないが、同時代・同形式の建物から形式を絞り込める部分。屋根の勾配や組物の納まりが典型です。
  • 不明:根拠がなく、埋めるなら仮説だと明示するしかない部分。装飾の細部や彩色は、ここに入ることが多くなります。

この仕分けを先にやっておくと、後から「この軒の反りは何を根拠にしたのか」と問われたときに答えられます。逆に仕分けをしないまま作り始めると、確定部分と仮説部分がまったく同じ質感で描かれた、全部が同じ確度に見えるモデルができあがります。CGの怖いところは、根拠の薄い部分ほど作り手の想像で埋まり、しかもその境目が画面上に残らないことです。

■ 決め打ちせず、可変にしておく

不明な部分は、ひとつの形に固定せず、幅を持たせて扱う方法があります。柱の径、屋根の勾配、床の高さといった値をパラメータとして持たせておけば、新しい根拠が出てきたときに全部を作り直さずに更新できます。10年単位のプロジェクトでは、途中で資料が増えることを前提に組み立てるほうが、結果的に速く終わります。

4つの手がかりは、それぞれ何が分かって何が分からないか

復元の材料は大きく4種類です。どれも万能ではなく、分かることと分からないことがはっきり分かれています。

手がかり 分かること 弱点
古写真 外観の輪郭、部材の見え方、周囲との関係 レンズと撮影距離が不明だと寸法に直せない。写っていない面は分からない
発掘遺構 基礎の位置と大きさ、平面の寸法、建て替えの層 地上部分は残らない。屋根や軒の形は基本的に分からない
文献・碑文 建立の年、施主、規模を示す記述、使われ方 称賛のための誇張が入る。長さの単位の解釈が時代でずれる
同時代の類例 部材の納まり、比例、標準的な寸法体系 「他所ではこうだった」であり、その建物がそうだった証明にはならない

1つの資料で決めない。食い違ったときに何を優先したかを記録することが、復元作業の本体です。

たとえば古写真から読み取った軒の出と、発掘された基礎の寸法が合わないことがあります。このとき、どちらかが間違っていると決める前に、写っている姿と掘り出された基礎が別の時期のものではないかを疑うのが先です。一柱寺のように900年以上のあいだ何度も手が入っている建築では、写真に写っているのは「創建時」ではなく「撮影された時点の姿」でしかありません。復元とは、どの時点を再現するのかを決める作業でもあります。

復元CGが陥りやすい3つの失敗

■ 1. きれいに作りすぎる

新品同様のテクスチャ、完璧な直線、寸分の狂いもない左右対称。CGでは、そのほうが作るのは簡単です。しかし実際の木造建築は部材ごとに色が違い、経年で歪み、手仕事の揺れが残ります。仕上げを整えるほど画面は美しくなりますが、同時に「その時代に本当に建っていた建物」からは遠ざかる場合があります。

■ 2. 推定を断定に見せる

これが一番多い失敗です。仮説の部分も確定部分と同じように塗り上げてしまうと、見る側には区別がつきません。質感を変える、線画のまま残す、彩度を落とすなど、「ここは推定です」と表現で示す方法はあります。VRのように没入感の強い媒体ほど、見た人はそこにあるものを事実として記憶します。表現の強さと、説明する責任は比例します。

■ 3. 出典を残さない

どの資料の何ページを根拠にしたのかが、モデルの各部と紐づいて残っていなければ、後から検証できません。CGデータは残っても、判断の理由は担当者の頭の中から消えます。復元の仕事では、完成した映像より、その裏にある根拠の一覧のほうが寿命が長いという場面が出てきます。

「過去」も「未来」も見せられるようになった

VRや3DCGは、都市計画や再開発の合意形成の場でも使われています。図面や模型では伝わりにくい空間のスケール感を体感してもらえるため、計画されている建物が周囲の街並みにどう馴染むのかを、専門家以外にも共有しやすくなるという利点があります。

失われた建築を根拠に基づいて甦らせることも、まだ存在しない建築を先に体験してもらうことも、技術としては地続きです。どちらも「実際には見られないものを、見られるようにする」という点で同じ仕事です。違いは、参照する根拠が過去の記録なのか、これからの設計図なのかだけだと言えます。

これから建つ建物を扱う場合でも、事情は変わりません。図面に描かれていない部分をCG側で「それらしく」埋めるのは、技術的には簡単です。しかし埋めた部分が実際の仕上がりと違えば、後で問われるのは絵を作った側です。どこまでが図面通りで、どこからがイメージなのかを作り手が把握しているか。復元CGで問われるのと同じ線引きが、そのまま現代の案件にも当てはまります。

建築ビジュアライゼーションの価値は、絵の美しさそのものよりも、その絵がどれだけ根拠に支えられているかにあります。一柱寺の事例は、そのことをよく示しているように思います。

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