釘も金物も接着剤も使わず、木と木を噛み合わせるだけで建物を支える——日本の「継手仕口(つぎて・しぐち)」は、千年以上受け継がれてきた木工技術です。この職人技を3Dソフトの上で誰でも設計でき、そのままCNC加工機で削り出せるようにしたのが、東京大学の研究チームが開発した「Tsugite」でした。2020年のUIST(ACMのユーザーインターフェース研究の国際会議)で発表され、GitHubで無償公開されています。発表から5年以上が経った2026年、この「デジタル×木の継手」という発想がどこまで現実の建築に近づいたのかを整理してみます。
Tsugiteとは何か:ボクセルで継手を「編集」する
Tsugiteの操作はきわめて単純です。木材を立方体(ボクセル)の3Dグリッドとして扱い、そのブロックを動かしたり削除したりするだけ。片側の形をいじると、ソフトが自動的に対になるもう一方の形を生成してくれます。設計が固まったら、そのデータをCNCミリングマシンに送って実際の木材を削り出す——木工の経験も3D設計の経験もない人が、数分で機能する木組みを作れることを目指した設計になっています。
Tsugiteの本質は「加工可能性(fabricability)の自動チェック」にあります。人が思いつく複雑な木組みの多くは、実際には刃物が入らなかったり、組み立てる順序が存在しなかったりして作れません。Tsugiteは設計中にその成立性を判定しながら形を提案するため、「絵に描いた継手」で終わらず、そのまま削り出せるデータになります。ソースコードはGitHubで公開されており、誰でもダウンロードして試せます。
なぜ継手仕口が今あらためて注目されるのか
この継手仕口を使った木材の組み立ては古くから日本で用いられており、五重塔がなぜ地震で崩れないのかが論じられた際にも理由の一つとして、この「継手仕口」が挙げられていました。昔の腕の良い大工さんたちが、たくさんの素晴らしい継手仕口を開発していたのですね。金物に頼らず、木の変形やめり込みで力を逃がす仕組みは、現代の構造工学から見ても合理的な部分があります。
ところが現在の木造住宅の現場では、構造材の継手仕口を大工が現場で刻むことはほとんどなくなりました。プレカット工場であらかじめ刻みが行われた木材を組み、金物で補強するのが標準です。機械で加工する都合上、継手の形は比較的単純なものにならざるを得ません。効率と品質は上がった代わりに、形のバリエーションは失われた、というのがこの数十年の流れでした。
Tsugiteのような技術が面白いのは、このトレードオフをひっくり返す可能性がある点です。複雑な形状こそデジタル加工が得意な領域であり、昔の腕の良い大工さんが開発した複雑な形状の継手仕口を、機械の側が再現できるようになります。日本古来の継手仕口が再び脚光を浴び、建築現場に復活するときも来るかもしれません。
2026年の状況:研究テーマから「量産の前工程」へ
2021年時点では大学発の面白い研究という位置づけでしたが、2026年現在、木材のデジタル加工は建設業界の主流トレンドの一部になりました。背景にあるのはマスティンバー(CLT=直交集成板などの大断面木質材料)の急拡大です。コンクリートや鉄に代わる低炭素な構造材としてCLTの採用が世界的に増え、それに伴ってCNCオペレーターや木質構造エンジニアといった職種の需要も伸びています。
・BIM・パラメトリック設計との統合:BIM、パラメトリックモデリング、デジタルツインにより、複雑な木質形状をミリ単位の精度でモデル化し、そのまま工場でのプレファブ加工と現場組立に流す一気通貫のワークフローが実用段階に入りました。
・ロボット加工の一般化:CNCミリング、ロボットによるパネル接合、自動打ち込みシステムがプレファブ工程に組み込まれ、誤差と端材を減らしながら、従来の重量材では不可能だった設計自由度を確保できるようになっています。
・「測らずに組める」木組みの研究:設計データ側に位置決めの情報を持たせ、現場での採寸なしで組み上がる自己位置決め型の木組み(self-locating joinery)の研究が進んでいます。ロボット加工した二重曲面の木造ダイアグリッドを実寸で測定なしに組み立てる、といった実証例も出てきました。建築におけるロボット加工の国際会議 ROB|ARCH も2026年開催が予定されており、この領域の研究人口自体が増え続けています。
3DCG・設計データの側から見ると何が起きているか
この流れを設計データの側から眺めると、「モデルが最終的に何に使われるか」が変わってきたということです。かつて3Dモデルはプレゼンやパースのための表現物であり、そこから改めて図面を起こして加工していました。それが今は、同じモデルが構造検討にも、加工機の指示にも、現場の組立手順にも使われます。モデルの精度がそのまま製造の精度になり、モデルの不整合がそのまま現場のトラブルになる、ということでもあります。
弊社(KOKONATS)が手がけている建築パース・3DCG制作も、この延長線上にあります。ビジュアライゼーションは「きれいな絵を作る仕事」に見えますが、実際には設計データを正しく解釈し、寸法と納まりに矛盾のない状態でモデルを組み上げる作業です。その正確さが、そのまま加工や施工の側にも効いてくる時代になりつつあります。
まとめ
Tsugiteが示したのは、「伝統技術はデジタルの敵ではない」というシンプルな事実です。職人の手が担っていた複雑な形は、データと加工機に置き換えられるだけでなく、むしろデジタルだからこそ復元できる。2026年のマスティンバーとロボット加工の広がりを見ると、あの2020年の研究デモは、思っていたより早く現実になりつつあるようです。
Simple software creates complex wooden joints(東京大学 プレスリリース)
Tsugite: Interactive Design and Fabrication of Wood Joints(UIST 2020 / ACM)
Digital technologies and robotics in mass-timber manufacturing(Construction Robotics / Springer)
Engineering-integrated robotic timber diagrids(Frontiers in Built Environment, 2026)
ROB|ARCH 2026 – Robotic Fabrication in Architecture, Art, and Design
The Mass Timber Boom in 2026: CLT Growth, Sawmill Jobs & Skilled Trade Demand


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