【2026年版】マレーシアで現地スタッフをマネジメントする|「言ったのに伝わらない」を根性ではなく仕組みで解く7つの実務

「No problem と即答されたので任せたのに、当日になって何ひとつ進んでいなかった」
「同じ指示を三度出したのに、また同じところで止まる」

マレーシアに赴任した日本人の管理職から、こうした話を聞く機会は今も減っていません。現地法人の立ち上げや店舗の開業に関わった方ほど、この手のすれ違いを何度も経験しています。

ただ、これを「マレーシア人はこういう人たちだから」で片付けてしまうと、打ち手が一つも出てきません。伝わらない理由の多くは、目の前の相手の気質ではなく、その職場が置かれている条件のほうにあります。上下の距離の取り方、職場で同時に流れている言語の数、そして人が数年で入れ替わることを前提にした労働市場。この3つを勘定に入れずに日本の職場の作法をそのまま持ち込むと、まず噛み合わないのが現実です。

この記事では、日系企業の現場で起きるすれ違いを構造から説明したうえで、2026年時点の法制度の枠を数字で押さえ、明日から使える7つの実務に落とし込みます。

「伝わらない」の正体は、性格ではなく職場の構造にある

■ 上下の距離が世界でも最大級に大きい

オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステードの文化比較では、組織内の上下関係をどれだけ当然のものとして受け入れるかを示す「権力格差(Power Distance)」という指標があります。マレーシアはこの指標で100前後という、調査対象国の中でも最上位の数値が示されてきました。上司の判断に部下が正面から異を唱えることは想定されておらず、意思決定は上に集まります。

この環境では、部下が「その手順ではうまくいきません」と言い出すハードルが日本よりさらに高くなります。代わりに使われるのが、遠回しな言い方や、沈黙、そして相手の面子(face)を潰さないための曖昧な同意です。「No problem」は同意ではなく、その場を波立たせないための相槌として出ていることがあります。

■ 職場に複数の言語が同時に流れている

マレーシアの職場では、マレー語・英語・中国語(北京語や広東語)・タミル語が同時に使われます。共通語は英語ですが、多くの人にとって英語は第2、第3の言語です。日本人管理職の英語も母語ではありません。母語話者が一人もいない会議で込み入った条件を口頭だけで詰めれば、認識がずれるのはむしろ自然な結果です。

逆に言えば、ここは仕組みで潰せる領域です。口頭で決めたことを短い箇条書きにして即日共有するだけで、すれ違いの相当部分は消えます。

■ 人が動くことを前提にした労働市場

人事コンサルティングのAonが2025年7月から9月にかけて東南アジア6か国・700社超を対象に行った調査では、マレーシアの離職率は18.2%と域内でも高い部類に入りました。業種別では小売・ホスピタリティが22.2%、製造業が17.7%、テクノロジーが17.1%です。同調査は2026年の昇給予算を平均4.8%と見込んでおり、2025年と同水準にとどまります。

日本貿易振興機構(ジェトロ)の2025年度海外進出日系企業実態調査でも、マレーシアで直近2年の人材確保が「悪化した」と答えた企業は44.9%に達しました。悪化の理由として最も多かったのは「賃金・待遇面などの要求水準の高まり」で、地域別ではジョホール州が6割超と突出しています。

つまり、5人に1人近くが1年で入れ替わる前提で組織を設計する必要があります。「あの人しか知らない」という状態を放置することが、この労働市場では最大のリスクです。

「気合いで詰める」が高くつく理由

人前で叱責して従わせる方法は、短期的には動いたように見えます。しかし高権力格差の職場では、叱られた側は反論せずに黙り、そのまま静かに転職活動へ移ります。採用と再教育のコストは、叱って稼いだ数日分の進捗をあっさり上回ります。さらにマレーシアでは、解雇そのものが後述のとおり争いやすい制度になっています。

2026年時点の雇用の枠を、数字で押さえる

労働まわりの制度は、この数年だけでも最低賃金・週の労働時間・解雇のハードルが立て続けに動いています。把握を怠ると、ある日突然、現場対応に追われることになります。

 

マネジメントの前提として、この数年で動いた法制度を押さえておきます。感覚ではなく条文と金額で把握しておくほうが、結局は現場が楽になります。

■ 賃金

全国最低賃金は月額RM1,700です。2025年2月1日から従業員5人以上の事業者と専門職分類(MASCO)の事業者に適用され、5人未満の小規模事業者に設けられていた猶予も2025年8月1日で終了しました。同日施行の改正法により、見習い契約(apprenticeship)の労働者にも同水準が及びます。

■ 労働時間と休暇

2023年1月1日に施行された1955年雇用法の改正で、法定労働時間の上限は週48時間から45時間に短縮されました。産前産後休暇は60日から98日に延長され、父親休暇として連続7日の有給が新設されています。父親休暇は同一の雇用主のもとで12か月以上勤務していることが条件で、対象は第5子までです。

この改正は日系企業の現場運用に直接効きます。とくに週45時間の上限と時間外の割増計算は、シフト制の店舗や工場で設計を誤りやすい部分です。詳しくはマレーシアの労働基準法をまとめた記事も参照してください。

■ 解雇

マレーシアでは、契約書の解約条項を根拠にした「都合による解雇」は通りません。1967年労使関係法(Industrial Relations Act)第20条により、解雇には正当な理由(just cause or excuse)と適正な手続きの両方が必要とされます。従業員は解雇から60日以内に労使関係局へ申し立てができ、調停が不調に終われば産業裁判所(Industrial Court)へ進みます。

裁判所が不当解雇と判断した場合、復職命令のほか、確定従業員には最大24か月分、試用期間中の従業員には最大12か月分に相当する補償が命じられ得ます。手続きを飛ばした解雇は、金額の面でも時間の面でも極めて高くつくのが定石です。

項目 マレーシア(2026年時点) 日本の感覚との差
最低賃金 全国一律 月額RM1,700 △ 地域差がなく月額表示
法定労働時間 週45時間(2023年1月〜) ○ 日本の週40時間より長い
産休 98日 ○ 制度としては近い
父親休暇 連続7日・第5子まで・勤続12か月以上 ◎ 法定として明確
解雇 正当理由+手続きが必須/不当なら最大24か月分の補償 × 「合わないから」では通らない
離職率 平均18.2%(小売・ホスピタリティは22.2%) × 定着を前提にできない

入口(採用・賃金)は柔らかく、出口(解雇)は硬い。これがマレーシアの雇用の形です。

現場で効く7つの実務

1「No problem」を確認の完了と数えない

即答の「No problem」は、理解の証明ではなく会話を滑らかにするための返事であることがあります。確認したいなら、こちらの指示を相手の言葉で復唱してもらうのが早いです。

「何時に、誰が、どこまで終わらせるか」を相手に言わせる。言えなければ、その時点でまだ伝わっていません。これを一度やるだけで、当日の「実は着手していませんでした」はかなり減ります。

2「Tak tau(わからない)」は終点ではなく入口として扱う

問題が起きた場面で最初に返ってくる「Tak tau」に苛立つ必要はありません。上下の距離が大きい職場では、断定的な答えを返すこと自体がリスクだからです。間違った答えを言えば責任を負う、という判断が働いています。

ここで有効なのは、答えを求めずに範囲を狭める質問に切り替えることです。「原因はわかるか」ではなく「昨日の時点では動いていたか」「触ったのは誰か」と聞く。事実だけを積み上げれば、相手も安全に答えられます。

3指示より先に理由を置く

「マネージャーではないから知る必要はない」という前提で頭ごなしに指示を出すと、確実にモチベーションが下がります。なぜその手順を踏むのか、その方法で進めると誰にどんな得があるのか。理由が先にあるだけで、実行の質は目に見えて変わります。

これは丁寧さの問題ではなく、判断の委譲の問題です。理由を知っている人だけが、現場で想定外に出会ったときに正しくずらせます。

4叱るときは人前を避け、記録を残す

面子を守る文化圏では、同僚の前での叱責は「注意」ではなく「見せしめ」として受け取られます。その場では黙って受け流し、以後の報告が止まる、というのがよくある帰結です。

注意は1対1で行い、内容と改善期限を書面かチャットで残す。これは相手のためだけではありません。前述のとおり解雇には手続きの正当性が求められるため、指導の記録は会社を守る資料にもなります。

5納期は「守られるかどうか」ではなく検収の設計で管理する

オフィスや店舗を開業する際のリノベーションでは、工期が計画どおりに終わらないことがしばしばあります。しかも引き渡し後に、漏水・配線の不通・仕上げの欠けといった不具合が出てくる。ここで工期の遅れを人格の問題として捉えても、一日も短くなりません。

現実的な打ち手は3つです。第一に、使用開始日から逆算して2〜4週間の余裕を持たせる。第二に、支払いを着手金・中間・検収後の3段階に分け、最後の一括を必ず残す。第三に、検収チェックリストを契約時に相手へ渡しておく。業者選びの具体的な進め方は良い施工業者の見つけ方現場の職人との付き合い方にまとめています。

6感謝を目に見える形にする

あるローカル企業の経営者から聞いた話です。優秀な人材を引き止めたいが昇給の原資はない。そこでその会社は、その月に成果を出したオペレーター社員に、普段は社長が使っている駐車スペースを期間限定で使う権利を与えました。

費用はゼロです。それでも効きます。会社から大切にされているかどうかは、金額だけで測られているわけではないからです。部下の好きな食べ物や趣味を知っておけば、成果が出たときに「気持ちの分かるもの」を渡せます。評価は金額で示すものと、気持ちで示すものの二本立てにするのが鉄則です。

もちろん、これは賃金を据え置く口実にはなりません。市場の昇給予算が4.8%前後で推移している以上、基本給の見直しを怠れば他社に抜かれます。金銭的な処遇を整えたうえで、その上に非金銭的な承認を重ねる、という順番です。

7引き継ぎを人ではなく文書に置く

離職率18.2%という数字は、「3年で半分近くが入れ替わる」という意味を持ちます。手順が個人の頭の中にしかない状態は、そのまま事業のリスクです。

作業手順・取引先の連絡先・パスワードの管理・過去のトラブルとその対処。これらを共有ドライブに置き、更新を業務時間内の仕事として扱う。地味ですが、人が動く前提の市場ではここが効きます。

それでも人は動く。何を残すかを先に決める

マレーシアでは転職が一般的で、より良い条件を求めて人が動きます。いずれ自分の会社を持ちたいと考えている人も少なくありません。日本の「一社で勤め上げる」という前提とは、キャリアの絵の描き方そのものが違います。

だとすれば、引き止めを目的にするより、在籍中に会社へ何が残るかを設計するほうが現実的です。ある会社は、優秀な人材を繋ぎ留めるために所有権の一部まで譲りました。そこまでできる会社は多くありません。

昇給以外に渡せるもの

  • 裁量:担当範囲を明示し、その中では判断を任せる。高権力格差の職場ほど、任された経験自体が希少価値になります。
  • 学習:資格取得やソフトの講習を業務として支援する。転職に有利な経験は、同時に在籍中の生産性も上げます。
  • 肩書:予算が動かせなくても職位は動かせる場合があります。名刺の一行は市場価値に直結します。
  • 柔軟な勤務:2023年の雇用法改正で、従業員は勤務時間や勤務地の変更を書面で申請できるようになりました。渋滞の長いクランバレーでは、この価値は現金に近い意味を持ちます。

マレーシアの職場から持ち帰れるもの

課題ばかり並べましたが、この国の働き方には日本側が学べる部分が確実にあります。

歌いながら働く人がいて、大きな声で笑いながら働く人がいる。仕事は楽しくやり、休みはしっかり休む。家族の予定を仕事より優先することに、後ろめたさがありません。長時間労働と引き換えに何かを削ってきた日本の職場と比べたとき、より人間らしい時間の使い方をしているのはこちら側かもしれない、と感じる場面はよくあります。

「郷に入っては郷に従え」に相当する英語のことわざに、When in Rome, do as the Romans do があります。相手を自分の型に合わせさせるより、取り入れられるところは取り入れる。その姿勢のほうが、結局は長く続きます。

まとめ

マレーシアでのマネジメントは、相手を変える仕事ではなく、条件に合わせて自分の管理の型を組み替える仕事です。

上下の距離が大きいから理由を先に置く。言語が複数あるから口頭を文書で裏打ちする。人が動くから知識を人から引き剥がす。そして解雇が硬い制度である以上、採用と初期の教育に時間を割いたほうが安く済む。ここまで来ると、必要なのは忍耐力ではなく設計です。

武田信玄の「人は城、人は石垣、人は堀」という言葉は、この国でもそのまま通じます。

コメント

  1. ニッシー より:

    こんにちは。
    今回の記事も大変ためになりました。ありがとうございます。私の場合マレーシア人は、部下ではなく上司にあたりますが、まさに私の上司の方々じゃないかぁ!となんだかうれしくなり、ボスに親しみさえ感じました。笑

    ボスは、就業規則を守ってくれない時があり、ストレスを抱える日々ですが、明日からは熱くなり過ぎないように働いていこうと思います。私もマレーシアが好きなので。救急車の画像はウケました。そういえばココナッツさんの記事に出会えたきっかけは、マレーシア労働基準法で検索した時でした。

    それでは、またの記事を楽しみにしております。失礼します。

  2. kokonats より:

    ニッシー様、こんにちは。
    ゆるキャラが多いマレーシア人はいらいらすることもある反面、なぜか癒される部分もあるので不思議です。
    人によってはアレルギー反応が出てしまうようですが。
    普通の心臓を持っていると病院送りになるので我々も彼らのように心臓に毛をはやして頑張っていきましょうね。