「マラッカもジョホールバルも行きました。でもその間に、降りる価値のある町ってあるんでしょうか」
「観光地じゃなくていいので、地元の人が普通に食べているものを食べたいんです」
マレーシア在住が長くなった人ほど、こういう相談をくれます。ガイドブックに載っている場所はひと通り回り終えてしまうからです。
クアラルンプールからジョホールバルまでは南北高速道路で3〜4時間。その道中にあるムアール(Muar/中国語では麻坡)は、ローカルの人でさえ用がなければ降りない町です。だからこそ観光地化されておらず、コピティアムも麺屋も、地元の生活のペースのまま営業しているのが現実です。
この記事では、ムアールという町の位置づけと歴史、実際に足を運んで見つけた食事処6軒、手ごろな宿2軒、そして行く前に知っておくと失敗しない点を紹介します。
ムアールはどこにあるのか
ジョホール州の西端、マラッカ州との境に近い、ムアール川の河口の町です。マラッカから南へ約1時間、ジョホールバルまでは約2時間半。KLから車で向かうなら南北高速道路(PLUS)をタンジョン(Tangkak)またはパゴー(Pagoh)で降りるルートが一般的です。
「ただの田舎町」と侮られがちですが、公式な肩書は立派です。2012年11月24日、ジョホール州のスルタンによってムアールはジョホール州の王都(Bandar Diraja)に定められました。もともとの通称であるBandar Maharani(女帝の町)と合わせて、いまは「Bandar Maharani Bandar Diraja」と呼ばれています。
さらに2022年には、ASEAN観光フォーラムのASEAN Clean Tourist City(クリーン・ツーリスト・シティ)にジョージタウン、ランカウイとともに選出されました。実際に歩くと、旧市街の道路も川沿いの公園もよく手入れされています。町なかの壁画(ストリートアート)の多さでもマレーシア国内で知られる存在です。
食べ歩く — 旧市街に集まる6軒
ムアールの飲食店は、Jalan Ali、Jalan Meriam、Jalan Sisiといった旧市街の数本の通りに固まっています。徒歩で回れる距離なので、車は1か所に置いて歩くのが効率的です。
① Sai Kee Kopi 434(才記434咖啡) — 1953年から続くコピの店
ムアールの名前を全国区にしたのが、この「434」のコピ(コーヒー)です。1953年創業の老舗コピティアムで、豆の焙煎から自社で手がけています。町を出るときには豆やインスタントパックを買って帰る人が多い、いわば土産物の定番でもあります。
営業時間: 毎日 8:00〜17:30 / 121, Jalan Maharani, Taman Sri Emas, 84000 Muar, Johor
公式Facebook: SAI KEE KOPI 434 MUAR
② Cheong Heng Wan Tan Mee(祥兴 云吞面) — ワンタンメンとカレー麺
ワンタンメンとカレー麺で地元客がつく麺屋です。朝から昼過ぎまでの営業で、売り切れじまいになることもあります。
営業時間: 8:00〜17:00(水曜定休) / Jalan Sayang, Pekan Muar, 84000 Muar, Johor
③ Fang Mei Hainan Chicken Rice Ball — 「おにぎり」の形をしたチキンライス
海南チキンライスの米を、ピンポン玉ほどの大きさに握って出す「チキンライスボール」です。マラッカ〜ムアール一帯の海南系コミュニティに根づいた食べ方で、日本人が見ると素直に「おにぎり」に見えます。手で持って食べられるぶん、鶏のスープをよく吸います。
営業時間: 7:00〜14:30(木曜定休) / 66, Jalan Ali, Pekan Muar, 84000 Muar, Johor
④ Chun Tian Tea House(春天茶馆) — ベジタリアン
肉を使わない中華のベジタリアン料理を出す人気店です。連日の肉と揚げ物で胃が重くなったときの逃げ場として覚えておくと役に立ちます。
営業時間: 11:00〜20:30(火曜定休) / 28, Jalan Ali, Pekan Muar, 84000 Muar, Johor
⑤ Muar Yuen Chen Siang(麻坡源珍香) — バクワ(肉ジャーキー)
バクワ(Bak Kwa/肉干)は、甘辛いタレを塗って炙った薄い干し肉です。旧正月の贈答品として全国で売られますが、ムアールの源珍香は40年の製造歴を持つ地元の名門として知られます。日持ちするので土産に向きます。
86, Jalan Meriam, Pekan Muar, 84000 Muar, Johor
オンラインショップ: shop.yuen.com.my(麻坡源珍香)
※豚肉を使った製品が中心です。ハラルではないため、贈る相手を選びます。持ち出し・持ち込みの制限がある国もあるので、国外へ持ち帰る場合は各国の規則を確認してください。
⑥ Muar Soup House — 深夜まで開いている一押し
今回いちばん印象に残ったのがここです。1950年代から続くとされるスープ専門店で、正午から深夜0時ごろまで開いています。看板はスープ・カンビン(sup kambing/マトンのスープ)と、いわゆる「スープ・ギアボックス」。
ストローが刺さって出てくるのは、大きな骨の断面です。中の骨髄をすすって飲むのが地元流で、これを目当てに来る客が少なくありません。スープ自体はハーブがよく効いて、見た目ほど脂っこくありません。
営業時間: 毎日 12:00〜翌0:00ごろ / 47, Jalan Sisi, Pekan Muar, 84000 Muar, Johor

店に入る前に知っておきたい、ムアール発祥の2品
- オタオタ(Otak-otak) — 香辛料を混ぜた魚のすり身をニッパヤシの葉で包んで焼いたもの。ジョホールの名物とされますが、発祥はムアールです。土産用の箱売りもあります。
- ミー・バンドゥン・ムアール(Mee Bandung Muar) — 名前に反してインドネシアのバンドンとは無関係で、ムアール生まれの汁麺です。エビと豆板醤系のペーストで作る濃いスープが特徴。
この2品は町なかのどの食堂にも置いてあります。上の6軒を回りきれなくても、この2つだけは試す価値があります。
泊まるなら — 旧市街に歩いて出られる2軒
ムアールは日帰りでも回れますが、夜まで開いている店があるので一泊すると余裕が出ます。宿泊料はKLの相場よりかなり低く、旧市街の中に手ごろな中級ホテルがあります。
Muarar 99 Hotel
Jalan AbdullahとJalan Bakriの角に立つ中級ホテルです。旧市街まで歩いて出られる立地で、価格も手ごろ。公式サイトのほか主要な予約サイトにも掲載があります。
173, Jalan Abdullah, Taman Sri Emas, 84000 Muar, Johor
Muo Boutique Hotel
こちらも旧市街に近い小規模ホテルです。公式サイトから直接予約できます。
1 Jalan Petri, 84000 Muar, Johor
素通りされる町の、素通りできない歴史
ムアールは、マレーシアの近代史のなかで一度だけ、世界中の新聞に載った時期があります。時系列で並べると、この町の性格が見えてきます。
1942年1月 — 日本軍とイギリス側連合軍のあいだで「ムアールの戦い」が起きます。ムアール川一帯とブキット・バクリ周辺での戦闘は、マレー半島での戦役における最後の大規模な戦いとなりました。連合軍側は大きな損害を出し、その後戦線はシンガポールへ移ります。
1942〜45年 — 日本の統治下でも、ムアールは行政上の要地として扱われ続けます。一方で地元からは抗日組織に加わる人も多く出ました。
2012年11月24日 — ジョホール州スルタンにより、ムアールが州の王都(Bandar Diraja)に定められます。
2022年1月 — ASEAN観光フォーラムで、ASEAN Clean Tourist Cityに選出。
戦跡そのものは目立つ形で残っていませんが、ブキット・バクリやブキット・ケポン(Bukit Kepong)の史跡、ムアール川の河口にあるタンジョン・エマス(Tanjung Emas)の公園、コロニアル期の官庁建築群など、歩いて確かめられる場所は市内に点在しています。詳しい経緯を知りたい場合は、英語版WikipediaのBattle of Muarの項が入口として読みやすいはずです。
行く前に確認しておきたい3つのこと
Q. 営業時間や定休日は当てになりますか?
行く前に必ずGoogleマップかFacebookで再確認してください。この記事に載せた時間は取材時と公表情報にもとづくものですが、ムアールの個人商店は店主の都合で臨時休業することがあり、旧正月やハリラヤの前後は長期で閉める店もあります。麺屋や朝食系の店は、売り切れた時点で閉めるのが普通です。
Q. 支払いは現金が必要ですか?
QR決済(DuitNow QR)が使える店は増えましたが、老舗の食堂や屋台では現金のみという場面がまだあります。少額紙幣を持っていくと安心です。
Q. 車がなくても行けますか?
KLのTBS(Terminal Bersepadu Selatan)などから長距離バスが出ており、ムアールのバスターミナルまで3〜4時間程度です。ただし町なかは公共交通が薄いため、着いてからはGrabか徒歩になります。上に挙げた店は旧市街に集まっているので、徒歩でもひと通り回れます。
まとめ
ムアールは、観光のために整えられた町ではありません。王都という肩書と、ASEANで最も清潔な観光都市に選ばれた実績を持ちながら、旧市街の風景は生活のままです。コピの老舗、握って出すチキンライス、深夜まで開いているスープ屋——どれも「わざわざ来た人向け」に作られていないぶん、値段も雰囲気も素のままです。
KLからジョホールバルへ、あるいはマラッカへ向かう予定があるなら、高速を一度降りて半日だけ寄ってみる価値があります。寄り道の口実としては、434のコピとスープ・カンビンだけで十分です。



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